2006年12月中旬に,近代的な路面電車がパリ市内に開通したしたことは,
今や多く人の知るところになっています.観光でパリを訪れた人でも,
おそらく最低一度は地下鉄(メトロ)に乗っているでしょう.ニューヨーク
やロンドンなどと同じように,日本人でも地下鉄が観光の移動手段として
使いやすい,数少ない都市です.それほどまで発展した地下鉄網を持つ
大都市に,なぜ新しい路線が今どき路面電車なのか,疑問に思われた人も
多いことでしょう.
また,海外の都市交通をよく知る人にとっては,パリ市に69年ぶりに復活
したとは言え,T3の名が示す通り,イルドフランスで3番目の路面電車に
過ぎませんでした.先に開通したT1やT2と似たような環状ルートの一角を
成す路線で,それがパリ20区内を走るというだけで,なぜこれほどまで
注目を集めたのか,疑問に思われた人がいたかもしれません.
それらの答えになるかどうかは判りませんが,ロイターがパリ市の交通
政策の視点から,参考になる記事を出していました.
今回開通したT3は,TMS(Tramway des Maréchaux Sud)とも呼ばれます.
マレショー大通り(Boulevards des Maréchaux)の南部を走るトラムという
意味です.マレショー大通りとは,かつてパリ市とその外側とを隔てた
城壁を取り壊して建設された,パリ市環状道路の総称です.
このマレショー大通りは,一般道路ながら片道3車線を有する幹線道路
でした.ここに路面電車を通すにあたり,工事中はもちろん,トラム開業
後の今でも,自動車が走れるのは片道1車線か2車線に減っています.
これでは渋滞を招くだけではないかと思われますが,裏を返せば,それが
狙いでもありました.渋滞により人びとが自動車での移動を止め,公共
交通へ移行することを期待してのことです.
自動車用の車線が大幅に減ったことは,前回12/15ご紹介の過去ログに,
対比映像を納めた投稿サイトDailymotionへのリンクがありますので,
是非ご参照ください.
ロイターの取材によれば,パリ市の現市長は,路面電車は渋滞の緩和が
目的ではなく,公害を減らすことだと明言しています.
2001年からパリ市長を務めるドゥラノエ氏(Bertrand Delanoë)は,中道
左派の社会党(PS / Parti Socialiste)所属で,緑の党(Les Verts)所属
で交通政策担当の副市長,ボーパン氏(Denis Baupin)とともに,就任以来
強力な自動車交通削減政策を推し進めてきました.
自動車が走れる車線の削減は,T3が走るマレショー大通りに限ったこと
ではありません.今パリではバス専用レーンを拡充し,歩道を拡張する
などして,市内の道路を車では走りにくくしているそうです.
記事によれば,これはロードプライシング(Road Pricing / 道路課金)を
取り入れた,ロンドンやストックホルムなどとは対照的だとしています.
同じ目的でありながらパリ市では,門戸を開放する(都心乗入れに課金
しない)のと引き換えに,意図的に自動車が不便になるように仕向けて
いるというわけです.
パリ市が都心への自動車乗入れに課金しないのは,パリ市内の人口密度が
ロンドンなどに比べてはるかに高いことが影響しています.
ロイターの記事では,人口密度がパリはロンドンの3倍とありますが,
ウィキペディアをみると,パリ市は平方キロあたり2万4千人,ロンドンの
シティでは同3千人で8倍以上開きがあります.ちなみに,東京23区では
6千人弱になるようで,パリ市の密集度は飛びぬけています.
市境通過時の課金では,市の内外で不公平感が生まれるばかりでなく,
市内交通だけでも公害を生み出すに十分な交通量が残ってしまうのです.
ロンドンにおいてさえ,交通量は減っても大気汚染は減っていないと,
パリではみています.
それでも,交通政策担当副市長によれば,一部主要道路の有料化は検討
されているそうです.例えば,T3が走るマレショー大通りのすぐ外側を
走る,環状線の高速道路ペリフェリック(Périférique)などが対象です.
これまでの交通政策が功を奏して,交通量と大気汚染は現市長が就任して
以来,徐々に減少しています.車の交通量では2005年までの4年間に5%
減少したとみられています.大気汚染は,2007年の予測では2002年からの
6年間で32%減が見込まれていますが,このうち交通政策によるものは6%に
とどまるため,主要道路の歩行者道路化や,有害物質排出量の多い車両の
走行を制限するなど,更なる対策も計画されています.しかし,それには
市民に協力と忍耐が求められます.
記事ではその点にも言及しています.
2006年12月上旬の世論調査では,パリ市民の52%が現市長の市政に満足
しているものの,68%が自動車交通政策に対しては不満を抱えています.
次の市長選は2008年ですが,再選を期待している人は今のところ37%に
留まり,UMP(国民運動連合)の対立候補との差は11ポイントです.
T3に関しては,概ね良好の反応があるそうですが,自転車利用者という
意外な所から強い批判を受けています.トラムの開業で,自転車が走り
にくくなったというのです.
自転車専用レーンに関しては,パリではありませんが,リヨン(Lyon)の
T3で,路面電車軌道とほぼ並行する形で専用道を建設しているはずです.
路面を走るトラムウェイ(tramway)の採用には,車を走り難くさせると
いう意図もあったわけですが,これに対してご当地フランスでは,T3は
マレショー大通り上ではなく,その内側をかつて走り,パリ市電より先に
旅客営業は廃止されながら,1990年過ぎまで貨物列車が走り,その後も
未だに廃線跡が残る,小環状線とも言えるプチ・サンチュール(Petite
Ceinture)跡に走らせるべきだったのでは,という記事が,リベラシオン
(Libération)の反響欄?(rebonds)に掲載されていました.
マレショー上か,プチ・サンチュール(PC線)跡地かという議論は,今に
始まったことではなく,T3が今の路線に決定される以前から,繰り返し
交わされていたようです.
住民らは,専用軌道となるPC線跡地利用に賛成する人が多かったようにも
上記記事では読めますが,パリ市はロイターの記事の通り,路面走行が
希望でしたし,PC線跡地ではトラムではなく,普通の鉄道になる可能性も
あり,RATPが反対していたようにもとれます.
RATP : Régie Autonome des Transports Parisiens (パリ市交通公団)
RATPは2006年10月に,メトロ(地下鉄)による環状線構想を発表します.
増え続ける郊外から郊外へ移動する交通量は,路面電車ではさばききれ
ない状態になることが将来予測されるため,その前に大金をつぎ込んでも
地下鉄を整備しておくべきとするのが,昨秋着任したRATP新総裁の考え
のようです.
(外部リンクは新しいウィンドウで開きます)
ロイターの記事 : (Reuters via Yahoo! News ニュースへのリンク)
Fri Dec 29 Paris seeks to squeeze drivers out of city
トラムは,プチ・サンチュール線の跡地を走らせるべきだった?
27 décembre 2006 Le tram sur de mauvais rails
(Libération rebondsページへのリンク)
T3のルートが,ブールバール デ マレショーになったワケ(公式見解) :
Le choix du tracé (Tramway des Maréchaux à Paris 公式サイト)
プチ・サンチュール線(小ベルト線)の跡地は,70年以上も旅客営業が行な
われなかったこともあり,今の生活圏からは少し外れていることなどを
挙げています.
プチ・サンチュール線の跡地活用を説くサイト : (路線概略図あり)
Association pour la Sauvegarde de la Petite Ceinture de Paris et
de son Réseau Ferré (ASPCRF へのリンク)
T3の発着するPont du Garigliano付近の地図 :
Boulevard Victor (Google Maps へのリンク)
T3が走るのがBoulevard Victorで,画面下(南)に環状高速ペリフェリック
(Boulevard Périférique / E05)が確認できるはずです.この地図モード
で,Boulevard Victorの画面上(北)に鉄道線として表示されているのが,
プチ・サンチュール(Petite Ceinture)線の跡です.サテライトモードに
切替えて拡大していくと,レールも確認できます.ここでは木に囲まれた
高架線になっていたようです.
誤訳や誤解で内容が間違っていましたら,ご容赦ください.
パリ市電T3 関連 過去ログ一覧 :
2006/12/15 市電復活(T3開業)間近で外国も報道
2006/6/09 T3向けCitadis 全車揃う
2006/5/03 T3 試運転区間を徐々に延長
2006/3/20 桜並木を走りそうなトラムT3
2005/10/15 路面電車69年目の復活に向けて発進 (T3で試運転開始)
2005/9/10 68年振りのトラムウェイ(路面電車) (T3向け車両搬入)
パリの環状交通整備計画関連 過去ログ一覧 :
2006/11/07 貨物線をトラムトレイン? (Tangentielle Nord)
2006/10/10 メトロでの外環状線構想 (métrophériqueプロジェクト)
2005/12/12 T3延長計画の公開討論会ほか (CNDP開催決まる)
2007年01月01日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/30654470
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
【パリ】自動車抑制・公共交通優遇策が明らかに
Excerpt: TGVが時速553キロを達成し,自らの記録を17年ぶりに更新したことで, フランス中が沸いているかどうかはわかりませんが,パリからの話です. パリ市長が掲げる,市内の自動車交通量を2020年までに40...
Weblog: 海外LRTニュース・ひろい読み
Tracked: 2007-02-14 19:01
【パリ】ダイヤ改正でT3速度アップと増発へ
Excerpt: パリ市内に路面電車が復活して半年以上が経ちました.滑り出しは好調の ようで,RATPのトラムT3(Tramway des Maréchaux Sud)では6/18にダイヤ 改正を行い...
Weblog: 海外LRTニュース・ひろい読み
Tracked: 2007-06-14 19:00
【パリ】T3延長の進展と環状線計画の話題
Excerpt: すでにフランス語版ウィキペディアの項目,Ligne 3 du tramway parisien には加筆されている話ですが,イル・ド・フランス輸送組合STIFの 委員会が,10/10にパリ市電ともいえ...
Weblog: 海外LRTニュース・ひろい読み
Tracked: 2007-10-12 19:00
【パリ】T3は経済的にマイナスとの報告出る
Excerpt: パリ市内を走る路面電車としては69年ぶりの復活になる,市南部を走る トラムT3が2006年12月に開通して早くも一年余が経ちます.昨年12月の 時点で一日の利用客が平均10万人に達し,路線バス(PC1...
Weblog: 海外LRTニュース・ひろい読み
Tracked: 2008-01-27 12:15
http://blog.seesaa.jp/tb/30654470
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
【パリ】自動車抑制・公共交通優遇策が明らかに
Excerpt: TGVが時速553キロを達成し,自らの記録を17年ぶりに更新したことで, フランス中が沸いているかどうかはわかりませんが,パリからの話です. パリ市長が掲げる,市内の自動車交通量を2020年までに40...
Weblog: 海外LRTニュース・ひろい読み
Tracked: 2007-02-14 19:01
【パリ】ダイヤ改正でT3速度アップと増発へ
Excerpt: パリ市内に路面電車が復活して半年以上が経ちました.滑り出しは好調の ようで,RATPのトラムT3(Tramway des Maréchaux Sud)では6/18にダイヤ 改正を行い...
Weblog: 海外LRTニュース・ひろい読み
Tracked: 2007-06-14 19:00
【パリ】T3延長の進展と環状線計画の話題
Excerpt: すでにフランス語版ウィキペディアの項目,Ligne 3 du tramway parisien には加筆されている話ですが,イル・ド・フランス輸送組合STIFの 委員会が,10/10にパリ市電ともいえ...
Weblog: 海外LRTニュース・ひろい読み
Tracked: 2007-10-12 19:00
【パリ】T3は経済的にマイナスとの報告出る
Excerpt: パリ市内を走る路面電車としては69年ぶりの復活になる,市南部を走る トラムT3が2006年12月に開通して早くも一年余が経ちます.昨年12月の 時点で一日の利用客が平均10万人に達し,路線バス(PC1...
Weblog: 海外LRTニュース・ひろい読み
Tracked: 2008-01-27 12:15



